Archives: 2015年7月28日

安全

「安全第一」

安全を決して怠ってはいけません。
しかし、生産設備を構築する上で、安全性と運用性の両立は非常に難しい問題です。

まず、安全は本質的安全を追及します。仮に人が駆動部に接触したとしても、人への危害が発生しないような設計、例えば駆動源の馬力を落とす。過大な力が加われば切れる機械式クラッチを用いる。慣性力を小さくするために軽くする。などです。
しかし、本質的安全が実現出来ず、どうしても人への危害が避けられないリスクが存在する場合、非常停止ボタンを設置するなどの防護策を取ります。

この、非常停止後の運用をどれだけ考えているかが、安全性と運用性を両立させるポイントです。

非常停止は文字通り非常時に生産設備を停止させることです。通常、非常停止ボタンを押した際は、瞬時に生産設備を止めて人を守ります。
しかし、運用性を考えない非常停止は、非常停止後の生産設備内の仕掛かり商品を全て廃棄し、かつ復帰に時間がかかる。などといった煩雑な事態が起こります。

この様に非常停止後の復帰が煩雑であると、作業者は、非常停止を押してしまったら、復帰に多大な時間がかかる。迷惑がかかる。と考え、心理的に非常停止が押しづらくなります。これにより、防護策が働きにくくなり、安全性に対するリスクが増加してしまうのです。

通常、生産設備は、非常停止後に仕掛かり品を取りだし、設備の原点復帰をして、再度通常運転になりますが、非常停止でなりふり構わぬ位置で各稼働部品が停止していますから、原点復帰の順番を間違えると機構部が干渉したり、変なインターロックがかかったりして、復帰出来なくなることもあります。また、非常停止後の復帰直後にいろいろなタイミングが合わず、不良品が出来てしまうなどといったことも起こります。

ですので、生産設備の総合的な試運転の際に、非常停止後の運用について時間をかけて確認していきます。様々なタイミングで非常停止ボタンを押し、原点復帰、再起動を繰り返しながら、どこで押しても安全に設備が停止し、素早く復帰出来て、再起動後に不良品が出ない。そんな「気軽に押せる非常停止」を目指します。

それにより、心理的に押しやすく、生産設備を壊さず、不良品を出さない非常停止シーケンスが出来上がります。決して安直に復帰が大変だからと、非常停止ボタン押下後に生産設備をサイクル停止させることはしてはなりません。
その駆動部に人が巻き込まれているのに、サイクル動作をされたら・・・。想像もしたくありませんね。

また、非常停止ボタンの配置にを気を配ります。人と駆動部が接近する場所で、リスクが高く、人の手が届くところを想定します。いざという時に非常停止ボタンが手の届く範囲に無い。などは避けるべきです。


大きさと能力を決める

どんな物でも購入しようとするとき、大きさと能力は非常に認知しやすいので、選択に迷うことが多いのではないでしょうか。
設備投資も同じですね。「大は小」を兼ねるなどと言われていた時代もありました。時代は過ぎ、今や適材適所を超え、「小で大」を兼ね、基本設備を組み合わせる時代になってきています。
「小で大」?となるかもしれませんが、多品種少量生産から変種変量生産の時代となり、生産ライン、すなわち生産設備も時代と商品の変化に応じて常に変わっていかねばなりません。
「小で大」とは、商品のライフサイクルを考え、成長期では「小」を多く持って生産量を増加し、商品の衰退期では「小」の数を減少して生産量を減少させる。商品を変種した場合は、「小」を省力で改造していく。「大」では、多くの費用と手間が必要です。

と言いながら、企業規模であるとか、市場の大きさによって、「小で大」が適切とは限りません。企業規模が大きく、多くの市場を相手にする多角化経営の場合、様々な事業を組み合わせて、戦略的に設備を回すことも可能でしょう。「小で大」も全体最適の一環として、生産設備戦略に盛り込むこともできます。

それほどの市場でない場合が最も悩ましいところです。
「小」をたくさん作るわけにはいきません。「大」を単純にいくつかの「小」に分ける場合、全体の投資金額は上がります。オペレータ数も増えます。「小が大」というのは簡単ですが、結局のところ、規模の経済に左右されます。

ではそのような場合どうするか。

価格が変わらない能力レンジの最大、かつ省スペースにすること

を考えます。
「大が小を兼ねる」じゃないかと言われそうですが、省スペースというのが大きなポイントです。
省スペースにより、その設備の大きさや重量は小さくなり、

  • 誰もが簡単に移動できる。
  • 場所の制約がなく、ライン構築の障害にならない。
  • 特注設備の場合、材料費が下がり、金額が抑えられる。

などの利点があり、その後の商品の変種に対応するフレキシブルラインの構築が、容易になります。

ただ、省スペースを追及するあまり、機能を詰め込みすぎて、保守性が悪化するのは好ましくありません。
設備構想や基本設計の際に、「本当にこの生産設備に求める機能とは何か」を突き詰めて考え、時には実験を行って最小で最適な基本設計を行うことが肝要です。

いずれ、モジュール化されたいろいろな基本設備を好きに組み合わせて、目的の生産設備を実現する様な時代がくるでしょうが、それまでは欲張って能力レンジの最大、かつ省スペースを追及すべきです。


ICTと生産性向上

ITの始まりは?
生産活動において、高度なコンピュータ技術による労働の代替と考えた場合、80年代から始まった、ロボット化などがITの始まりであろうか。
そこから、OS、インターネットの登場により、コンピュータ技術がより手軽なデジタル情報化技術に発展し、1995年-98年あたり、インターネットの普及、PCの価格破壊により、世界的にIT製造業(電気機械産業)は高成長を遂げた。いわゆるITブームの始まりである。

この90年後半の日本のIT製造業も相当の高成長となった。しかし、IT利用産業すなわちIT集約度(IT投資/年間事業収入)が高い産業、および非IT産業(IT集約度が低い産業)では、日本の生産性上昇率は各国の平均を大きく下回る。

つまり、90年後半の日本はIT製造業だけが伸びており、米国やフィンランドのようにIT利用産業、および非IT産業でも生産性を向上させているIT先進国と大きく異なる。

日本とIT先進国とで何が違うのか。

ITが生産性におよぼす影響は2つのルートがある。

①1つは労働の代替効果である。

単純労働ほど、ITによって代替されやすい。

②もう1つは知識労働へのシフトである。

米国の例では、IT製造業だけでなくITを広範囲に利用している非IT産業で、①により雇用が失われるが、それと同時に知識労働の需要が増加し、全体の雇用と生産性があがる結果となっている。

どうやら日本では、この2つのルートのいずれも頑健でないようである。
現に、1995年-2012年のIT投資額は、米国に2倍以上の差※1をつけられている。

日本は、摺り合わせ生産、多能工、労働の人間化などの影響により、単純労働への細分化が出来ない結果、代替効果が獲得しづらい。かつ、人材育成、日本独特の組織型ワークスタイルの影響により知識労働へのシフトが滞っているのであろうか。

今後は、「労働の代替効果」と「知識労働へのシフト」をキーワードとして、IT投資によってどのように生産性を向上させるかをよく考える必要がある。

さらなる将来は、人工知能により知識労働自体が置き換わるとされる。そうなれば、人間が担う生産とは何なのかを考えることになる。人工知能により失われる職業も出てくるだろう。

昨今は、スマートフォンなどの手軽な情報端末をみんなが持つ時代となった。単純労働を代替するアプリケーションや、全く新しい価値を生み出すサービスがオープンな開発環境により続々と出現している。
そして、それらサービスは、誰でもすぐに手に入れることができる。このように、コミュニケーション対象は人を超え、ITツールやハードウエアともフラットにつながる。
誰もが瞬時に何とでも情報共有できる。膨大な情報にあふれる中で、人はその情報を利用し、どんな労働、すなわち生産活動に喜びを感じるのか。それを考えるヒントが知識労働である。

いずれ世界的なオープン環境とネットワーク化に基づき、人、生産設備、情報システムが互いにオープンな環境でつながり、劇的な生産性の向上が生まれる時が来る。未だ、米国や他の国でも、いまだにその領域には至っていない。これが、インダストリアル4.0などの目指すところであろう。

※1 総務省「ICTの経済分析に関する調査」(平成25年)
http://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/link/link03.html

<参考書籍>
・西村清彦 峰滝和典(2004)『情報技術革新と日本経済 「ニュー・エコノミー」の幻を超えて』有斐閣 231P
・通商白書2013(HTML版)第1部 第2章 第3節 『イノベーションが生産性向上に果たす役割』

<ITとICT>
かつては、IT(Information Techology)と呼ばれたが、現在はICT(Informationand Communication Technology)のほうが一般的に用いられる。ここではITとICTは同意語として用いる。